2010年10月21日木曜日

「バス停」

弊社の前にバス停が開設されました。


「アスティまえさわ」

12年前にジャスコ前沢店を核に開発されたこの地域の名称です。今まで俗称的に使われてきましたが、正式な名称として公に使われたのは初めてです。
「なんで前沢不動産前にしないんだ」と職員を皮肉りながらも、アスティ前沢が公に初めて使われたことに感慨深いものを感じます。この地域の区画整理に係わった方々の成果が確実に実を結び小さいながらも足跡を遺せたのですから。
実際は、バスのお客様が、この辺でおろして欲しいとの要望が多くあったので対応したとのことでした。この辺は、耳鼻科、眼科、整形外科と少々医療モール的になっております。ご年配の方々が利用しやすくなって良かったと思っております。

2010年8月14日土曜日

「花火」

このあたりは夏場に花火大会が行われます。
8/6一関、11水沢、14川崎、16前沢、江刺、平泉、21秋田大曲
平泉は大文字焼きも行われます。


私は14日に一関市川崎の花火、16に前沢の花火を見ました。
川崎の花火は北上川が婉曲するポイントで行われ、堤防の上に設けられた桟敷席で見物しました。ちょいと時雨れ模様で、カッパを着ながら見たのは初めてです。この辺ではここでしか上がらない2尺玉と水中から上がる水中花火が見物です。2尺玉は爆風が客席まで届き、水中花火は水面から半円を描いた花火が庭園の植栽のように綺麗でした。


前沢の花火は毎年恒例の音響やとして参加です。今年も会場には1万人以上の人出でしたが、いつもと違って、若いお客様がとても多かったです。16日は送り盆と相まって、灯籠など会場は雰囲気いっぱいです。
会場以外にも、ジャスコや居酒屋チェーン店で駐車場を開放して花火見物をしていたようです。標高600mの束稲山から下に見るのもおつなようです。
前沢の花火は会場から2、300mほどしか離れていないので、あごが疲れるほど上に見えるのがうれしいです。小さいスターマインも、目の前いっぱいに広がり、とても綺麗に見えます。

2010年8月13日金曜日

「お盆」

お盆です。
本来お盆は七夕と友に7月の行事なのですが、東北は緯度の関係か七夕もお盆も8月です。
でも、全国的にお盆休みは8月ですね。
 さて、お盆が来るので例年のお寺の草刈り行事がありました。広いお寺なので、地区毎に割り当てエリアがあり、まず、その場所を見つけることから始まります。今回は、息子と娘を連れて行ったら、家族みんなでいいねぇとうらやましがられました〈結構みなさん年寄り一人という参加が多いのです〉。
 ということで、私の地区は本堂前を、割り当てられました。そこから下に池が二つあり、片方は蓮の花が乱れるように咲きまくっていました。なかなか蓮の花なぞ見たこともないので、後から写真〈昼頃〉を撮りに行きましたが、朝の花の方が生き生きしていたように感じられました

2010年7月5日月曜日

「奥州前沢よさこいFestaⅥ」

今年で6回目となる前沢の YOSAKOI 祭りが7/4(日)に開催されました。
60チーム1500人の踊り子を招き、前沢区の人口より多い2万人の観客動員で、熱く、激しい一日を過ごしました。
 ステージバージョンとして前沢ふれあいセンター野外ステージ、ジャスコ前沢店正面玄関前特設ステージ。パレードバージョンとしてアスティ商店会に3会場を設けました。
 民間立ち上げ型のイベントとしてこれだけのことを続けて、発展してきたことに、自ら驚いております。確かに行政や地元商工会の全面的支援はありますが、彼らは意識して一歩下がって私たちを立ててくれています。よって、このイベントが好きで集まってくる若者達の自由な発想と裁量で物事が決済されていきます。当然責任も出てきますが、自分たちでやっているとの自主独立的な感覚、雰囲気はとても心地よいものです。
 予算は足りなぎみですが、皆手弁当で楽しく集まってきます。
 このようなイベントの作り方、組織のあり方が今後よその地区でも増えていけば、世の中が行政に乗っ取られている 

2010年6月21日月曜日

「今日の景色は豪快でした。」



「今日の景色は豪快でした。」
すみません。蘇民祭以来なので、3ヶ月ぶりぐらいとなってしまいました。
さて、今日は、赤生津(あこうづ)地区の土地の下見をしたところ、夕日がだんだんきれいになってきて、思わずその上方にある束稲山(たばしねやま)に行ってしまいました。
 豪快な景色に、一気に心が洗われ、啄木の 「 ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」という句を思い出しました。
 こんなありがたい景色の中で、生活していることに感謝しなければなりませんね。




  1枚目の雲は、まるで不死鳥が飛んでいるようでした。でもだんだん眺めていくうちに、マジンガーZでブロッケン伯爵が乗っていた飛行機に似ています。
 

  2枚目は雲を境に色のコントラストが素晴らしいです。品悪く言えば、上がLEDで下が100Wの裸電球ってとこですね。




2010年3月23日火曜日

蘇民祭

 蘇民祭に参加してきました。
そうです!2年前にひげ、胸毛でマスコミの的になったあの蘇民 祭です。
  なぜ出たか
義理ある水沢の同級会49歳厄年連「壬寅会」の会長のお誘いが あったのですが、もともと私共「勇虎会」の精進が悪く(?)42 歳の春まつりの際は大雨を降らせてしま
った経緯もあり、これは一 つ御祈願しなければとの思いがあり出ることとしました。
  出るまで出ると返事をしたら、1週間前から精進しろ!とのこと。
肉、魚 、酒、女全て断てとのことです。そうしないと罰が当たるとの脅か し...それで、肉魚酒を断っていたら、体の調子が幾分軽くなっ たような感じで快調でした。たま
には体にいいかもしれません。
小3の娘には毎日「死なないでね!」と訴えられ続けました。
前日までなかなか暖かかったのですが、昼頃からいきなり雪がち らつき始めました。
  当日行くまで当日は直前まで考えないようにして真っ白になって仕事しました 。考えてしまうと怖くて怖くて...
6時半にサポート①②が集合し、サポート者の後部座席へ座す。 アリスの「チャンピオン」の2番・・・負けて帰れる場面の歌が蘇 る。負けても何しても今日でこの恐怖から解放されると感じたから でしょうか。
私を誘った水沢の同級会49歳厄年連「壬寅会」の会長を乗せ、 いつにない不安からか口数が多くなる。
  現地に到着して県外ナンバーの車をやたら見かけました。今年は土曜日とあって 人出は多そうでした。地元黒石の49歳に挨拶し、宴会にはまる( 方言:宴会にいれてもらうこと)。真っ白になるよう努めて飲むも 、寒くて酔いがなかなか回りません。


  ご祈祷
8時 国石寺本堂にてご祈祷があるため移動。8時半より女性の 住職が坊主2名を従え十畳。祈祷が始まる。黒石地区の殿様の御子 孫「山内氏」が場を仕切る。山内さんは高校の3級上の先輩です。
 ふんどし(下帯)
ご祈祷が終わり、49歳の詰め所へ戻りふんどしを締める。
締め方がわかる御仁にお願いし厳しく締めていただく。
 裸祭り
ふんどしを締めたとたん、寒くなくなりました。服を脱いだのに 寒くない・・・気合いのスイッチが入ったのでしょう。
角灯を渡され、外に出たら、ふんどしの男衆の群れに飲み込まれそのまま石段 を下りました。そして、水場の入り口・・・まるで地獄の入り口の ような幻想的な入り口。角灯を持った男衆がどんどん下り、灯籠( 角灯の列)の道がとてもきれいです。そして、気がついたら水場。 カメラを持ったギャラリーがやたら多く、こりゃやるっきゃない! と気合いを入れ直し水場に入水、桶をいただき水をかぶりました。




あがったところでスタッフ①の写真撮影。そして近くのラーメン 屋の親父にも、水をかぶった勇姿を見てもらう(この親父に蘇民祭 に行くと言ったら逃げんじゃねえぞぉ!と言われていたので)。水 をかぶり、時間が経つと体の冷え方が尋常でありません。「ジャッ ソウ」のかけ声を腹から思いっきり出して、体の中からパワーを出 し続けないと負けてしまいそうです。
そのまま石段を登り本堂に集結。そして本堂裏のお宮へ・・そ して御祈願・・・頭が真っ白で何も拝めませんでした。
そして石段を下り2回目へ。又思いっきり水をかぶり完璧と思っ たらスタッフ①がカメラをいじってなんかしているので「こりゃ失 敗したな!もう1回か」と2回目をかぶ
りました。まだもさもさし ていたので、結局4回もかぶりへろへろになりながら水場からあが り、意識朦朧のまま石段をあがりました。この頃からだんだん孤独 感を感じ、そ
れでも寒いので「ジャッソウ」のかけ声をかけながら パワーの残量が少なくなっていくのを感じました。歳ですかねぇ。
そして本堂裏のお宮にて「今年4/18の春まつりは晴れますよ うに!」と本来の目的を御祈願致しました。そして、3回目へ突入 !
3回目・・・もうあまり憶えていません。お宮では「今年の7/ 4の奥州前沢よさこい Festa Ⅵが晴れますように」と祈願致したの だけ憶えています。
あぁ!やっと終わると思い、角灯の火を消してもらうため別のお 堂へ(自分で消してはいけないようです)。このときとばかりに急 に木枯らしが・・・体が冷え切って
(たぶん表面の温度は10℃は 切っていたでしょう)いたところのこの仕打ち・・・さみぃ!
意識朦朧で詰め所を探しながら(2度ほど間違えました)、何と か帰還。裸のまま火に当たりました。水沢の会長も無事帰還し、服 を着るどころではなく一緒に直火に当たりました。
 裸参りを終えて
皆ふんどしをはずしましたが、私は折角なのでもう少しつけてお こうと思い、そのままに服を着ました。世の中にパンツが出回るまでは皆こうだったのだろうと思いながら。ケツがしまっていい感じ ですが、気持ちがゆるまなくてリラックスしづらいものです。
外では柴燈橙り(ひたきのぼり)、別当登り、鬼子登りなどまだ まだ行事が残っていましたが、当初の目的は果たしたので、精進開 けに行くこととし、国石寺を後に焼き肉屋へ直行しました。
祭りの疲れ?・・・それは2、3日後にものすごいだるさがおそ ってきましたが、ここで気を緩めて風邪など引くと「精進が悪い」と後ろ指を指されるので、気合いで乗り切りました。
感想
 いい祭りです。見物人のためでなく、自分と神様と間に日本人と しての熱いものを感じられる素晴らしい時間と空間です。本物の女 性(たぶん1/3は見かけだけだと思われますが)も多く、ポスタ ー事件やフルチンがどうのなど、どうでもよくなった感じで祭り事 態は盛り上がっていました。
 皆様も一度出てみてはいかがでしょうか。女性の方も昔に比べれば安易に見学できるようになりましたよ。