2010年3月23日火曜日

蘇民祭

 蘇民祭に参加してきました。
そうです!2年前にひげ、胸毛でマスコミの的になったあの蘇民 祭です。
  なぜ出たか
義理ある水沢の同級会49歳厄年連「壬寅会」の会長のお誘いが あったのですが、もともと私共「勇虎会」の精進が悪く(?)42 歳の春まつりの際は大雨を降らせてしま
った経緯もあり、これは一 つ御祈願しなければとの思いがあり出ることとしました。
  出るまで出ると返事をしたら、1週間前から精進しろ!とのこと。
肉、魚 、酒、女全て断てとのことです。そうしないと罰が当たるとの脅か し...それで、肉魚酒を断っていたら、体の調子が幾分軽くなっ たような感じで快調でした。たま
には体にいいかもしれません。
小3の娘には毎日「死なないでね!」と訴えられ続けました。
前日までなかなか暖かかったのですが、昼頃からいきなり雪がち らつき始めました。
  当日行くまで当日は直前まで考えないようにして真っ白になって仕事しました 。考えてしまうと怖くて怖くて...
6時半にサポート①②が集合し、サポート者の後部座席へ座す。 アリスの「チャンピオン」の2番・・・負けて帰れる場面の歌が蘇 る。負けても何しても今日でこの恐怖から解放されると感じたから でしょうか。
私を誘った水沢の同級会49歳厄年連「壬寅会」の会長を乗せ、 いつにない不安からか口数が多くなる。
  現地に到着して県外ナンバーの車をやたら見かけました。今年は土曜日とあって 人出は多そうでした。地元黒石の49歳に挨拶し、宴会にはまる( 方言:宴会にいれてもらうこと)。真っ白になるよう努めて飲むも 、寒くて酔いがなかなか回りません。


  ご祈祷
8時 国石寺本堂にてご祈祷があるため移動。8時半より女性の 住職が坊主2名を従え十畳。祈祷が始まる。黒石地区の殿様の御子 孫「山内氏」が場を仕切る。山内さんは高校の3級上の先輩です。
 ふんどし(下帯)
ご祈祷が終わり、49歳の詰め所へ戻りふんどしを締める。
締め方がわかる御仁にお願いし厳しく締めていただく。
 裸祭り
ふんどしを締めたとたん、寒くなくなりました。服を脱いだのに 寒くない・・・気合いのスイッチが入ったのでしょう。
角灯を渡され、外に出たら、ふんどしの男衆の群れに飲み込まれそのまま石段 を下りました。そして、水場の入り口・・・まるで地獄の入り口の ような幻想的な入り口。角灯を持った男衆がどんどん下り、灯籠( 角灯の列)の道がとてもきれいです。そして、気がついたら水場。 カメラを持ったギャラリーがやたら多く、こりゃやるっきゃない! と気合いを入れ直し水場に入水、桶をいただき水をかぶりました。




あがったところでスタッフ①の写真撮影。そして近くのラーメン 屋の親父にも、水をかぶった勇姿を見てもらう(この親父に蘇民祭 に行くと言ったら逃げんじゃねえぞぉ!と言われていたので)。水 をかぶり、時間が経つと体の冷え方が尋常でありません。「ジャッ ソウ」のかけ声を腹から思いっきり出して、体の中からパワーを出 し続けないと負けてしまいそうです。
そのまま石段を登り本堂に集結。そして本堂裏のお宮へ・・そ して御祈願・・・頭が真っ白で何も拝めませんでした。
そして石段を下り2回目へ。又思いっきり水をかぶり完璧と思っ たらスタッフ①がカメラをいじってなんかしているので「こりゃ失 敗したな!もう1回か」と2回目をかぶ
りました。まだもさもさし ていたので、結局4回もかぶりへろへろになりながら水場からあが り、意識朦朧のまま石段をあがりました。この頃からだんだん孤独 感を感じ、そ
れでも寒いので「ジャッソウ」のかけ声をかけながら パワーの残量が少なくなっていくのを感じました。歳ですかねぇ。
そして本堂裏のお宮にて「今年4/18の春まつりは晴れますよ うに!」と本来の目的を御祈願致しました。そして、3回目へ突入 !
3回目・・・もうあまり憶えていません。お宮では「今年の7/ 4の奥州前沢よさこい Festa Ⅵが晴れますように」と祈願致したの だけ憶えています。
あぁ!やっと終わると思い、角灯の火を消してもらうため別のお 堂へ(自分で消してはいけないようです)。このときとばかりに急 に木枯らしが・・・体が冷え切って
(たぶん表面の温度は10℃は 切っていたでしょう)いたところのこの仕打ち・・・さみぃ!
意識朦朧で詰め所を探しながら(2度ほど間違えました)、何と か帰還。裸のまま火に当たりました。水沢の会長も無事帰還し、服 を着るどころではなく一緒に直火に当たりました。
 裸参りを終えて
皆ふんどしをはずしましたが、私は折角なのでもう少しつけてお こうと思い、そのままに服を着ました。世の中にパンツが出回るまでは皆こうだったのだろうと思いながら。ケツがしまっていい感じ ですが、気持ちがゆるまなくてリラックスしづらいものです。
外では柴燈橙り(ひたきのぼり)、別当登り、鬼子登りなどまだ まだ行事が残っていましたが、当初の目的は果たしたので、精進開 けに行くこととし、国石寺を後に焼き肉屋へ直行しました。
祭りの疲れ?・・・それは2、3日後にものすごいだるさがおそ ってきましたが、ここで気を緩めて風邪など引くと「精進が悪い」と後ろ指を指されるので、気合いで乗り切りました。
感想
 いい祭りです。見物人のためでなく、自分と神様と間に日本人と しての熱いものを感じられる素晴らしい時間と空間です。本物の女 性(たぶん1/3は見かけだけだと思われますが)も多く、ポスタ ー事件やフルチンがどうのなど、どうでもよくなった感じで祭り事 態は盛り上がっていました。
 皆様も一度出てみてはいかがでしょうか。女性の方も昔に比べれば安易に見学できるようになりましたよ。

2009年11月21日土曜日

大文字残雪

京都のみならず、我が地元 束稲山 でも8/16の送り盆に大文字焼きが行われます。
京都と違うのは(この前京都に行ってわかったのですが)、京都は東西南北の4カ所ですがこちらは1カ所です。平泉から東の方角に見えます。ちなみに、我が前沢からはみえません...
先日雪が降り、束稲山が真っ白になっていました。この時期はまだ暖かいので根雪にはなりません。午後には大文字の分だけ白く残っていました。
赤い炎に対して、白い雪の大文字焼きです。
夜に対して、昼の大文字焼きです。
夏に対して冬の大文字焼きです。
全てに於いて対照的な大文字焼きです。
夏のは攻撃性とはかなさを併せ持ったような感じですが、冬のは天候がよいせいか(天気がよくないと見えないのですが)ほのぼのとしたのどかさを感じました。おもしろいものですね。
この大文字残雪が雪に隠れて見えなくなると、根雪積もる冬本番です。

大文字残雪

京都のみならず、我が地元 束稲山 でも8/16の送り盆に大文字焼きが行われます。
京都と違うのは(この前京都に行ってわかったのですが)、京都は東西南北の4カ所ですがこちらは1カ所です。平泉から東の方角に見えます。ちなみに、我が前沢からはみえません...
先日雪が降り、束稲山が真っ白になっていました。この時期はまだ暖かいので根雪にはなりません。午後には大文字の分だけ白く残っていました。
赤い炎に対して、白い雪の大文字焼きです。
夜に対して、昼の大文字焼きです。
夏に対して冬の大文字焼きです。
全てに於いて対照的な大文字焼きです。
夏のは攻撃性とはかなさを併せ持ったような感じですが、冬のは天候がよいせいか(天気がよくないと見えないのですが)ほのぼのとしたのどかさを感じました。おもしろいものですね。

 この大文字残雪が雪に隠れて見えなくなると、根雪積もる冬本番です。

2009年10月17日土曜日

元気まつり

という、我がアスティ商店会のイベントがありました。
ミニSL・フォークライブ(水沢オネスティの皆さん)・前沢牛試食コーナーを目玉に、前沢牛格安コーナー、オガタ特製前沢牛丼、各店大安売りコーナーなど多数出店。多くの人出で賑わいました。
秋晴れの素晴らしい天気で、とても気持ちの良い日となりました。

2009年9月10日木曜日

パラリンピックに思うこと

当社社員の知り合いがパラリンピックのメダリストのいるクラブに所属しているつながりで、弊社の商店会にて講演会を開催することになりました。
森井大輝選手
2006トリノパラリンピックのチェアスキー大回転(GS)の銀メダリスト
16歳の時バイク事故で腰の骨をつぶし下半身不随に
1998 長野パラリンピックのアスリート達のすがすがしい笑顔にあこがれこの世界に入ったとのこと。
講演会では、事故った時のことから一生歩けないと宣告されての悲しいリハビリ時代、チェアスキーを初めて惨敗、惨敗、夏のトレーニングで筋肉改造に成功してから表彰台に上れるようになったことなど聞きづらいことをいろいろ話してくれました。
不幸をみじんにも感じさせないすばらしい好青年でした。
ただ、現在はワールドカップで総合2位、GSでは1位のランキングなのに活動資金に乏しくワックスも満足にかけられないと嘆いておられました。
ワックスもワックスの質だけではなく、ワックス掛けのノリのよい状態の室温、板の温度など環境設定にも金がかかるとのこと。オリンピックでは誰もがやっている環境がまるで整わないことに苦労していました。
海外の選手陣はこの辺のサポートが厚くいろんな体制は整っているとのこと。
森井選手の悩みはパラリンピック選手団も同じなようです。
同じ日本人として何とかしてあげたいところです。